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賊徒大学の構内にて拾えた不審な気配。それへと小型拳銃を向けた妖一坊やの攻勢へ、なんてことしてくれると勇ましくも息巻いて姿を現したのは。いつぞやの合コンで葉柱と意気投合していた、ちょっぴり謎めいたところのあったお姉さんじゃあありませんか。
「正体明かしたところで気が抜けたな、筆者。」
「だな。いきなり続きの更新に、間ぁ空けやがってよ。」
うっさいわねぇ。(苦笑) 使用資格が一回生オンリーとなっている更衣室だから、身内しかいず、誰に遠慮がいるものかということで。ささ、どうぞどうぞと一応のパイプ椅子やテーブルを整えたところへ誘った面々には、疚しい下心なんて欠片もなくて。…そりゃあねぇ。小悪魔坊やの親類縁者で、しかもしかもその坊やへ向けて、そりゃあ威勢のいい啖呵を切れちゃう剛の者と来ては、
“そんな恐ろしいお姉さんへ、一体誰が怪しい手を伸ばせましょうか。”
だよねぇ。(苦笑) それにつけても、どういう遺伝子を共有しておいでの一族なのか。色素の薄い髪や瞳に、透き通るような白い肌。すらりと伸びやかな肢体に、繊細美麗な花のような顔容かんばせ…が似るのは理解の範疇でもあるけれど。
「なんでルイの周辺嗅ぎ回ってたんだよ。」
「うん、だってさ。」
一応は、街道筋にてその名も知られた“カメレオンズ”という族連中に囲まれていても一向に動じない、怖い物知らずなところといい、
「コンパから途中で抜けての結局は帰って来なかったし、名前聞いてなかったし。」
「…あのよ。それは幹事だったあいつとか、そっちのお膳立てをした子に聞けば判ったんじゃねぇのか?」
「ん〜、それも思ったんだけどもね。」
誰彼へと訊いて回って、物欲しそうに思われるのは何か癪だったしなんて。ころころころと笑った、妖一坊やの叔母…もとえ親戚のお姉さんは、やはりヒルマヨウコというお名前で。
「…ヨウコ。」
「…ちなみに、坊主の親父さんって何て名前なんでしたっけ?」
こそりと訊かれた葉柱が、
「ん? ヨウイチロウさんだったよな? 確か。」
「おお。」
知ってたんですね一応はと、そっちへも感心した部員一同。
「結構あっさりと飛び出しましたね。」
「つか、筆者としては、今の今 慌てて思いついたんじゃあ。」
それはともかく(まったくもー)、ヨウイチロウさんの息子が妖一というのは不思議でもなんでもないが、妹がヨウコとくると…、
“何か変…つか、何で揃ってるんだってと思うのは、俺だけの気のせいだろうか。”
ダイワハ○スのCMよろしく、何人もが“奇妙だって思うのは俺だけか?”と、聞くに聞けぬままになったそうだが、それもさておき。
「だからってなんでまた、他所の大学に潜り込んでの、そんな大胆な捜し方を。」
どうやら、みんなが言っていた“葉柱のお兄さんのことを聞いて回っていた人物”というのは、このお姉さんのことだったらしく。
「だから。気になったのよ、ささやかなことながら。」
「何が。」
テーブルに肘をついて、きれいな指を伸ばしもっての搦めた上へ、細いあご先を軽く乗っけて…うふふんと意味深に微笑ったお姉様。
「コンパの最中に あたしを見て
“あいつ今頃どうしてんだろ”なんて思い出すよな彼女って、
一体どんなお嬢さんなのかしらって。」
“………それって。”×@
にっこしと笑ったその笑顔が妙に凶悪に見えたのは、果たして…どんな“お嬢さん”かを知っている、アメフト部員のお兄さんたちに共通しての“気のせい”というやつであったのだろうか。お姉さんの側は、果たして気がついては…ないのかな?(…う〜ん?)
◇
ヨウコさんは東京在住のお人ではないのだそうで、妖一坊やに会ったのも、彼が小学校に上がった入学祝いにと、お父さんの仲間内が集まった場へ呼ばれて顔を出して以来のことだとか。まあ…高校生ともなりゃあ、親戚付き合いの場へはなかなか行かなくなりもするわなと。そこのところへの理解は集まったものの、
「こんな奇遇ってのもあるのねぇ。」
大学進学が決まっての上京した途端に、ヨウちゃんとご近所さんも同然になっちゃうなんてねと。世間って狭いわねぇと言っては、にこやかに笑ってご機嫌でいるヨウコさんに引き換え、
「…。」
何だかちょっと、坊やの方の様子がおかしいような。少々機嫌が悪いですというのをあからさまにしての、仏頂面を隠さないし、
「親類だとか身内だとか、あんまり知られたくはなかったのかな。」
「何だそりゃ。」
「だから、謎めかしていたかったとか。」
それとも、このお姉様を恥ずかしい人だと思っているとか? 何だそりゃ。ほらよくあるじゃんか、本人へ歯が立たないからって“親の顔が見たい”とか“お前の母さん何とか”って身内の悪口言う奴。ああ、いるな。そういうのへの警戒心が強いんじゃないのかなって。
「でもよ…。」
挙げつらわれると恥ずかしいと思うよな、そんな判りやすい欠点が、果たしてこのお人にあるのだろうか。風貌肢体ともどもに、線は細いがだからこその玲瓏さが滲む、細おもてでスリムで、センスもよけりゃあ仕草にも品があって滅法知的な、そりゃあ綺麗なお姉さんだし。
「大体、何でまたあんな物騒なものを持ち歩いてるかな。」
「うっせぇな。」
そうそう、そういえば。今でこそ身内の坊やだと判ったから、多少は理解も追いつくのだろうけれど。いきなり銃が出て来の発砲しのという、とんでもない展開へ。だってのに、悲鳴も上げずのつかつかつかと歩み出て来て、銃ごとその手を鷲掴みにした度胸も物凄いったらなくて。
「俺だったら、こんなお姉さんがいること、自慢しまくるかも。」
「…そだな。」
過激なところだけは隠したいと思わなくもないかもだけれど、
「そこのところの物差しだけ、あの坊主、俺らとレベルが一緒だってか?」
自分だって途轍もなく過激なくせに、恥ずかしいから勘弁してくれなんて思ってるとか?
「…それは虫がよすぎやせんか。」
「まったくだ。」
好き勝手を言っているメンバーたちへのお仕置きは、
“来週のサートレで晴らすとして…。”
なんてな恐ろしいことを思いつつ、当の坊やはたかたかと、クラブハウス前の茂みの方へと向かってく。
「あ、こら。どこ行く。」
ヨウコさんへタクシーを呼んで差し上げることとなったので、まずはそのお見送りにと正門へ向かいかかっていたのにね。バイクを置いている駐車場の方向だったので、こらこらそっちじゃないぞと声をかけた葉柱へ、
「後片付けっ。」
そんくらい判ってるという含みを言外に込めての、ちょっぴり強めのお返事が飛んで来た。
「後片付け?」
短すぎたその一言、どういう意味なのよと小首を傾げたヨウコさんの傍らで、
「ああ…。」
合点がいったらしい総長さんが後へと続き、わしわしと膝より少し高い目の茂みを、株の境目を読んでの…後半は少々枝を折ったりするよな力技にて進軍すれば、
「…それ、さっきの弾丸か?」
「うん。」
小さな背中の主が向かい合っていたのは、道具入れだろう窓のない古倉庫の壁だったりし。煤けている上へ雨垂れのオーロラ模様までついたセメントの壁の、丁度大人の腰辺りくらいの高さのところだろうか。ルミナスピンクのスーパーボールがめり込んでいて、どちらもひしゃげたところから、中身の塗料がはみ出しての垂れ落ちている。さすがに実弾を装填していた訳ではなくて、言ってみりゃ防犯用のカラーボールのようなもの。自前で作ったかそれともお友達の博士が作ってくれたのか、それをば撃った坊やだったらしいのだが。
「お前、このド派手なピンクをあんのお姉さんに撃つつもりだったのか?」
「まぁな。」
怪我はなくとも服は汚れる。それはそれで怒ったろうなと、改めて口元をひん曲げた葉柱であり、
「それにしても…方向音痴にも程ってもんがあんじゃねぇか、お前。」
身を隠してこちらの様子を伺っていた彼女は、すぐの傍らから姿を現した訳で。こっちとは90度ほども角度が違う。コントばりのオチだったのへは、だが、すぐにも彼女と坊やとの口喧嘩が始まったので、誰も笑ったり突っ込んだりはしなかったけれど、これはさすがに凄いぞと、今になって言い出した葉柱へ、
「…違う。」
「あ?」
妖一坊やが言葉少なになっていたのは、似たようなカラーのあのお姉さんにお株を取られてしまったからではなく、撃ち誤った失態を噛みしめていたからでもなく。
「ほら、ボールの跡が2発分しかない。」
「2発分しかって…あっ。」
何のことだと聞き返しかけた葉柱の記憶が反射へと追いついた。確か、この坊やは3発撃ったのに、潰れたカラーボールの痕跡は2発分しか残っておらず、
「重なって…もないな。」
弾けて中身が付着してこそのカラーボールだけに、さして堅い代物じゃあないから。砕けてなくなったのかもとも思ったが、それならそれで壁へと垂れている塗料の量が足りなくて。
「1個にこんだけ入ってるから、もう1個分が散ってなきゃおかしい。」
坊やが指先で円を描いたのと同じピンクの塗料しか、壁にも足元のポーチ部分にも残ってはいなくって。
「何かに当たって…持ってかれた?」
「つか、誰かに当たったって思う方が自然じゃね?」
持ち物に当たったにせよ、それを持ってった誰かがいたということじゃね? 妙に大人びたお顔になった坊やであり、
「…やっぱ、誰かが嗅ぎ回ってやがんだって。
ヨウコ叔母ちゃんが出て来たのを利用して、慌てて逃げたんだ。」
「誰が叔母ちゃんだ。」
「…っ☆」
どひゃあと肩を跳ね上げた妖一坊やと総長さんが振り向いた先、茂みを挟んだ向こう側に立っていたのは、丁度お口へと上らせたヨウコさんであり、
「何やってるかな。帰るんでしょう?」
「あ、うん。今行く。」
打って変わっての態度を変えた坊やだったのへ、おややっと意外そうに瞬いた葉柱だったが、
“…そっか。”
要らない心配させてもしょうがないという、坊やお得意の切り替えの素早さが出たまでのこと。それへと気づいて自分も合わせる。ポケットから取り出した携帯で最寄りのタクシー会社へ手配の電話をかけている自分を置いてくノリで、年若い叔母様の手を取り、早く早くとじゃれかかるように引っ張っての歩き出す坊やを眺めやり、
“…ありゃあ先々で相当な嘘つきになっちまうな。”
ああまでするりとナチュラルに、何でもないよという切り替えがこなせる小学生なぞ見たことがない。コトは銃弾がらみの、なかなかに物騒な事態かもしれないというのにね。
“まあ、そっちは…気配を読まれたことが気恥ずかしくて逃げたのかもしれないが。”
ぺしっとインクを塗りたくられて、泡食って逃げた程度の相手だから、誰ぞからの依頼を受けた、興信所の人間か探偵ということだろか。葉柱への素行調査か、何らかの妨害工作への下調べか。はっきりしているのは、坊やも一丁咬む気満々だということで。それへの“困ったことだ”という苦笑を胸の内にて転がしながら、新緑の草いきれが涼しくも垂れ込める構内の小道を歩む、葉柱さんチの次男坊だった。
〜Fine〜 07.6.07〜6.24.
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*何だか“置き土産”を残したような締め方になりましたが。
はてさて、どこの何へつながるのでしょうか?
答えはもう少しお待ちをvv
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